乾燥カタクチイワシが最高級肥料だった江戸時代の稲作事情。黒豆の「まめに働く」、数の子の語源と歴史を紐解く正月食材の知られざる教養雑学。
身の回りの当たり前を科学的・歴史的な視点から解き明かすと、テクノロジーや文化の奥深さが一気に立体的に見えてきます。知的好奇心を満たしながら、日々の実生活に役立つ確かな知見をお届けします。
おせちの定番である黄色く輝く数の子。魚のニシン(鰊)の卵であることは有名ですが、「なぜニシン子ではなく数の子なのか?」と疑問を持ったことはないでしょうか。「無数の粒があるから数の子」という俗説もありますが、歴史的・言語学的な語源は異なります。
かつて東北や北海道では、ニシンのことを「カド(あるいはカドイワシ)」と呼んでいました。これはアイヌ語でニシンを意味する言葉に由来すると言われており、「カドの子」が訛って「カズノコ」に変化したのが定説です。室町時代の第13代将軍・足利義輝に献上された記録にも「カズノコ」の名が見られます。無数の卵がびっしりと固まっている姿から「子孫繁栄」「子宝に恵まれる」吉祥の象徴として、武家から庶民まで正月の祝い膳に欠かせない一品となったのです。
カタクチイワシの幼魚を素干しし、醤油とみりんで甘辛く炒り煮にした「田作り」。別名を「ごまめ」と言い、漢字では「五万米」または「五町米」と書きます。小さな小魚に、なぜ米の単位である「万米」という大仰な名前がついているのでしょうか。
その背景には、江戸時代の稲作における肥料事情があります。当時、海で大量に獲れたイワシを乾燥させた「干鰯(ほしか)」は、窒素とリン酸を極めて豊富に含む超高級な有機肥料でした。田んぼに干鰯を撒くと、米が五万俵も大豊作になったという故事から「五万米(田を作る=田作り)」と名付けられたのです。つまり田作りを食べる行為は、一年の五穀豊穣と豊かな実りを神に祈願する農耕民族日本の祈りそのものなのです。
祝い肴の三つ目である「黒豆」。黒い色は道教において邪気を払う魔除けの色とされ、「まめ(勤勉・健康)」に働き、「まめ(達者)」に暮らせるようにという無病息災の願いが込められています。
面白い雑学として、黒豆の煮上がりにおける「シワ」の扱いに東西文化の決定的な違いがあります。関東では「シワができるまで長生きできるように」とわざと表面に細かいシワを寄せて煮る伝統がある一方、関西(特に京都の料亭)では「シワひとつなく若々しく元気に過ごせるように」と錆びた鉄釘を入れて漆黒かつツルツルに煮上げるのが最高峰の技とされます。どちらの仕立てにも人々の健やかな命を願う深い心が息づいています。
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